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東京地方裁判所 平成5年(ワ)14926号 判決

原告 渋谷雅代

右訴訟代理人弁護士 田中榮治郎

武井伸八

被告 石田さと

石田勝彦

右両名訴訟代理人弁護士 佐々木秀雄

右訴訟復代理人弁護士 塚本まみ子

被告 石田徳子

被告石田勝彦補助参加人 あさひ銀クレジット株式会社

右代表者代表取締役 畠山薫

右訴訟代理人弁護士 杉野翔子

主文

一  被告石田さと(以下「被告さと」という。)は、原告に対し、別紙物件目録≪省略≫記載一の土地(以下「本件土地」という。)を明け渡せ。

二  被告石田勝彦(以下「被告勝彦」という。)及び被告石田徳子(以下「被告徳子」という。)は、原告に対し、別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)を収去して、本件土地を明け渡せ。

三  被告さとは、原告に対し、三六万三四七一円を支払え。

四  被告らは、原告に対し、各自平成五年一月二四日から本件土地明渡済みまで一か月三万七三一〇円の割合による金員を支払え。

五  原告の被告さとに対するその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は、原告と被告らとの間に生じた費用は被告らの負担とし、参加によって生じた費用は補助参加人の負担とする。

七  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文一項につき、被告さとは、原告に対し、本件建物を収去して本件土地を明け渡せとする外、主文一~四項と同旨。

第二事案の概要

一  原告は、被告さとに対し、賃料の不払による本件土地の賃貸借契約の解除に基づき、本件建物を収去して本件土地の明渡しを求めるとともに、平成四年四月一日から契約解除の日である平成五年一月二三日までの未払賃料三六万三四七一円及び同月二四日から本件土地明渡済みまで一か月三万七三一〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求め、被告勝彦及び被告徳子に対し、本件土地の所有権に基づき、本件建物を収去して本件土地の明渡しを求めるとともに、各自平成五年一月二四日から本件土地明渡済みまで一か月三万七三一〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求めている。

二  争いのない事実等

1  本件土地は原告の所有である。

2  原告は、昭和五二年六月二六日被告さとに対し、本件土地を次の約定で賃貸(本件賃貸借契約)した。

使用目的 普通建物所有

期間 同年七月一日から二〇年間

月額賃料 一万五九三〇円(道路使用等の受益者負担金を含む。)

右賃料はその後改訂され、平成三年七月から月額三万七三一〇円となった。

賃料支払期 毎月二八日までに当月分を原告方へ持参払

契約の解除 賃借人が賃料の支払を三か月分以上怠ったときは、賃貸人は催告をしないで直ちに契約を解除することができる。

3  被告さとは、本件土地に建物を所有していたが、これを取り壊した。その後被告勝彦及び同徳子は、同さとから本件土地を無償で借り受け、昭和六二年三月ころ本件建物を建築し、これを所有している。被告勝彦は同さとの長男であり、被告徳子は同勝彦の妻(現在は別居)である。

4  被告勝彦及び同徳子は、同年五月八日補助参加人(当時の商号昭和信用保証株式会社。昭和信用保証)との間で、同年三月二八日保証委託契約に基づく求償債権の担保として、本件建物について、債務者被告勝彦、債権額三五〇〇万円の抵当権設定契約を締結し、同年五月二五日右抵当権の設定登記を経た(≪証拠省略≫)。

その際原告は、補助参加人に対し、別紙承諾書(≪証拠省略≫。本件承諾書)を交付した。

5  補助参加人の申立てに基づき、平成四年三月二日本件建物について競売開始決定がされた(当庁同年(ケ)第五四七号。本件競売事件)。

補助参加人は、平成元年一〇月昭和信用保証から協和銀クレジット株式会社(協和銀クレジット)に商号変更し、同時に本店を千代田区九段南一丁目五番六号から同区丸の内一丁目五番一号に移転し、さらに平成四年九月協和銀クレジットから現在の商号に変更した(≪証拠省略≫)。

6  被告さとは同年四月分以降の賃料を支払わない(被告徳子の関係で≪証拠省略≫、証人渋谷繁夫「繁夫」)。

7  原告は、被告さとに対し、平成五年一月二三日到達の書面もって、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示(本件解除の意思表示)をした(≪証拠省略≫)。

原告は本件解除の意思表示前に補助参加人に通知をしなかった。

8  補助参加人の申立てに基づき、本件競売事件の執行裁判所は、同年二月一九日、「本件建物の所有を目的とする本件土地の賃借権について、平成四年四月分以降売却許可決定に基づく代金納付の日までの地代を、補助参加人が建物所有者に代わって弁済することを許可する」旨の地代代払許可決定(本件許可決定)をした(≪証拠省略≫)。

9  補助参加人は、平成五年二月二四日、「被告さとに代わり第三者として供託する」とし、平成四年四月分~平成五年二月分の賃料を供託し、同年三月分以降についても同様の供託をしている(≪証拠省略≫)。なお、この供託は、本件許可決定に基づくものとは解されず、民法四七四条に基づくものと考えられる(ただし、契約解除後の供託である。)。

二  被告ら及び補助参加人の主張

1  本件解除の意思表示は、競売手続開始により、本件建物の競落人に本件土地を賃貸する旨の本件承諾書の特約が具体化している時期において、解除するときは事前に補助参加人に通知するとの特約に違反してされたものである。このような特約違反の解除は補助参加人には対抗し得ない。

2  原告の本訴請求は、自己の利益のみを追及する不当なものであり、信義に反し、権利の濫用である。

三  原告の主張

1  本件承諾書の特約違反の主張に対し

(一) 原告としては、本件承諾書は被告勝彦が銀行から融資を受けるのに必要な書類であるという認識しかなかった。本件承諾書に原告が署名押印したことにより、強制力を伴う通知義務を原告が負う契約が成立するとすれば、原告にはそのような認識がなかったから、右契約の意思表示には要素の錯誤があり、特約は無効である。

(二) 原告は、本件解除の意思表示前に、本件承諾書を見て、念のため昭和信用保証に連絡しようと考え(通知すべき義務があると考えて連絡しようとしたのではない。)、その連絡先をNTTの電話番号案内で調べたが、連絡先が不明であったため通知できなかった。前記一5のような商号変更と本店移転をしていたのでは、原告が補助参加人の所在を知り得ず、通知しなかったとしても、原告に義務違反はない。

(三) 補助参加人がその主張のような権利行使をするつもりなら、その前提として、原告に対し商号変更及び住所変更を通知すべきである。それさえしない補助参加人の権利行使は権利の濫用である。

また、原告と本件建物所有者の間に右建物の所有を目的とする賃貸借契約が存在しないのにされた本件許可決定は、民事執行法五六条一項の要件を欠き、不適法である。

2  信義則違反、権利濫用の主張に対し

原告は、被告さとや同被告と同居している被告勝彦に対し、再三にわたって賃料の支払を催告してきたが、賃料の遅延・滞納が続いたので、本件賃貸借契約を解除したのである。

第三判断

一  本件承諾書の承諾文言の法的効力について

1  証拠(≪証拠省略≫、証人繁夫)によれば、次の事実が認められる。

本件承諾書は、昭和六二年三月ころ被告勝彦から、銀行から金を借りるのに必要なのでこれに記入してほしいと依頼され、印刷された承諾書の用紙が郵送されてきたので、原告は、別紙承諾書のとおりの状態に記入押印して、コピーを取り、同月一六日ころ被告勝彦に送り返した。

本件承諾書は補助参加人あてになっているが、補助参加人の住所や電話番号の記載はなく、承諾書の内容について補助参加人の担当者が原告に説明したこともない。しかも、本件承諾書は、抵当権の設定についての承諾文言の下に、「なお、将来……」といかにも付け足しのように記載し、これに反することがあった場合の効果を何ら記載していない。

また、原告が自分で備忘のため本件承諾書のコピーを取っておいたのであり、補助参加人から原告に補助承諾書の徴求について一言の挨拶があったわけでもなく、原告が写しを取らずに送り返していただけであったら、本件承諾書の内容や補助参加人の名称を思い出すことは困難である。

さらに、補助参加人は、前記第二の二5のとおり商号変更と本店移転をしたが、これを原告に通知したことはなく、本件競売事件の開始決定があったを原告に知らせたこともない。

2  右の事実関係の下において、補助参加人が本件建物に抵当権を設定する際債務者を通じて原告からその印鑑証明書付きで本件承諾書を徴求したという事実をもって、直ちに原告と補助参加人との間に、原告が補助参加人に対し「補助参加人の抵当権実行によって第三者に建物の所有権が移転した場合には、建物の敷地をその取得者に貸与すること」及び「賃料の延滞等によって土地賃貸借契約を解除する場合には、あらかじめ補助参加人に通知すること」を法的な義務として負担することを内容とする契約が成立したものと解することはできない。

3  したがって、原告に右義務があることを前提とする被告ら及び補助参加人の主張は、前提を欠き、採用できない。

二  信義則違反、権利濫用の主張について

1  原告は、書面として残っているものだけでも、次のとおり被告さと及び同居の被告勝彦に対し、地代等の支払を催告してきた(≪証拠省略≫、証人繁夫)。

平成三年五月二六日 平成二年一〇月分~平成四月分の地代及び平成二年一一月分~平成三年五月分の駐車料 合計二七万二七一〇円

平成四年二月二一日 平成三年一〇月末日までの未納分及び同年一一月分~平成四年二月分 合計四八万六二五〇円

同年九月一七日 同年八月末日までの未納分 合計三九万一五五〇円

同年一二月九日 同年四月分~一二月分 合計六九万五七九〇円(このうち地代は三三万五七九〇円)

2  また、原告は、本件解除の意思表示前、本件承諾書のコピーを見付け、昭和信用保証に連絡しようと考え、NTTの電話番号案内で調べたが、連絡先が不明であったため通知できなかった(≪証拠省略≫、証人繁夫)。

3  以上の事実によれば、本件賃貸借契約の解除及び本件土地の所有権に基づく本訴請求について、これが信義に反し、権利の濫用になるとは認められない。

三  以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告さとに対し本件建物の収去を求める部分を除き(本件建物につき処分権を有しない者に対する収去請求は失当である。)、その余はいずれも理由がある。

(裁判官 石川善則)

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